オーナーの独り言

仕事・遊び・趣味・色んなことを気ままに。

DANCERとしての後期

ダンサーとしての〇〇シリーズは今回で最後になりますかね。

今回も長文になるかもしれませんが、最後まで見ていただけたら

幸いです。

 

ここでまた職が変わります。

IT系の職種に興味を持ち始めたのもあります。

今後パソコンは必須となる時代ですので最低限の知識を付けたいと

思って仕事をしているなかで流れ的に知識がつけばよいなと思って、

転職しました。

 

ダンスの方向としては少しづつ自分の存在をアピールできるくらい

成長してきました。

ビバップと言うダンススタイルのイベントや環境で自分がどこまで

「個性」を評価してもらえるようになるのか。

型にはまらずにやっているダンススタイルを、少なくてもいいから

それが「チョロ」だと言われるようにならないとだめだ。

そう自分を鼓舞してとにかく多くのイベントに足を運んで、

「あいつ、また来てるな」と存在をアピールすることをすごく頭に

入れて行動しました。

 

そんな中、出会った方がビバップ界では有名でロンドンとのコンタクト

にも長けていた方と知り合い私が参加していたダンスチーム

「TIP TEMPO(ティップ テンポ)」とその方での話し合いにより、

前記事で上げました「Brothers in Jazz」のメンバーの一人であります

「Irven Lewis(アービン ルイス)」との共演に繋がります。

 

ここでBrothers in Jazzの動画を載せておきます。

ジャケットを着ている人が2人いますが、前ボタンをはずしている人が

アービン ルイスです。

www.youtube.com

 

彼が来日し当時私は都心の方に住んでいたので、そこにアービンを

滞在させることになります。

もちろん大物来日ですので他のダンスチームとの共演の話もあります

ので独占というわけではないですが、短期間同じ屋根の下で暮らせた

こともあって色々な日本のダンスシーンであったり世界観を語り

ました。

これが私にとって「宝物」となります。

今の私を作り上げたものの1つとして挙げられます。

 

アービンとのショーに向け日々スタジオを借りて振付の練習が始まり

ましたが、後輩のダンサーが数名見学に来ていました。

後から後輩に聞いた話ですが、「練習している空気が張り詰めすぎて

いて一言も話せるような空気じゃなかった。見ているこっちが体力を

奪われ、緊張しました」と言っています。

 

その練習で一番自分に衝撃を与えたものは、

「コンテンポラリー要素と演技をする」と言うことでした。

これまでダンスのステップだったりスキルがすべてだと思っていた私に

こういう世界を取り入れても良いのだと。

約1ヶ月の練習も終えて本番のショーを行いました。

これをきっかけに私のダンススタイルはまた大きく変化し、前衛的な

ダンスをする機会が多くなります。

 

そこで私の今現在まで続いているテーマが

「音が形になったらどうなるんだ」と言うところにたどり着きます。

かなり抽象的ですが自分が通ってきたダンススタイルをふんだんに活か

して、音楽のいろんな「音」に対して自分が表現したいことをそのまま

やってみるということを掲げて、その後は進みます。

 

今までダンスイベントに行くことが多かったのですが、音楽についても

知りたいと思い渋谷の有名クラブであります「THE ROOM」に通い

始めます。

このクラブのオーナーは世界的にも有名な「KYOTO JAZZ MASSIVE

沖野修也さんです。

バイクがあったので多い時には週3回以上足を運びました。

そこで色んな音に触れ、ダンスフロアーで誰の目線も気にせずただひた

すら音に集中して踊ることだけを意識してました。

 

特に沖野さんが行っていたイベント「TOKYO JAZZ MEETING」や

DJ KAWASAKIさんのイベント当時は確か「SMILE(現:MAGNETIC)」

に足を運びコネクションを広げます。

その後私がソロでショーをする機会があったのですが、同イベント

のゲストDJがKAWASAKIさんでした。

今でも覚えているのがショータイムの時一番前のど真ん中に体育座り

して見ていました。

そのショーがかなり印象的だったらしく、KAWASAKIさんのデビュー

曲「BLAZIN’」のイメージダンサーとして呼んでいただきました。

 

またFUNK BAND「怪獣公園」のリーダーである岡崎さんとの出会い。

これも外せないことでビバップダンスイベントにて踊っている最中に

「君、面白いね。いいよ。」と声をかけられたのも忘れられません。

もちろん彼のバンドとのセッションも経験しましたが、同時に私に

JAZZの世界を広く教えてくれたのは、

Thelonious Monk(セロニアス モンク)」のビデオを見せてもらった

ことがきっかけです。

 

岡崎さんは色んなビバップのダンスショーを見てきたみたいですが、

なんで遅いJAZZでショーをしないのか。

面白いダンサーがいないと言っていました。

やはり速い曲にテンションMAXで踊るのが伝わりやすいというのが

あったからなのかもしれません。

その彼が私に声をかけてくれたきっかけは、ダンスクラブで遅いJAZZ

がかかり他のダンサーが踊りをやめ休憩している中、私は気にせず音に

夢中で踊っていました。

その時後ろから肩を叩かれて「君、面白いね。いいよ。」っと。

 

それがきっかけになり、頻繁にいろんな話をするなかで一緒にやろう

ということになります。

彼らとのセッションは実験的でしたが、クラブ全体を真っ暗にして

ロウソクを数本灯しJAZZと言うよりは雰囲気を感じさせるような

いわば効果音的な音でショーをしました。

当日演奏する音楽はリハーサルとは全く違い、その音にどれだけ反応

できるかというもので、音に反応し踊り逆に踊りに反応して音を

変化させるといったようなまさにインプロビゼーション

 

この辺でお気づきの方はいらっしゃるかもしれませんが、私が声を

かけてもらっているのはミュージシャンやDJの方だということです。

共通して言ってもらったのは「音をよく聴いているよね」と。

ダンサーの世界ではやはりステップの技術や雰囲気が求められている

ものですが、音を専門にやっている方にはあまり響かず音がもったい

ないと思っている方がいるということです。

その後はそちらのフィールドでのショーが多くなり、またソロでの

出演依頼が増えました。

 

さらに同時期私の世界観を変えたもう1つのダンスチームの方から

お誘いを受けることになります。

一番好きなダンスチーム「SYMBOL-ISM(シンボリズム)」。

あまり接点はなかったですが新しくやろうと思うんだけど参加しない?

とお誘いを受けました。

リスペクトしているダンサーからあまり接点もないのに誘いを受けた

ことは今でも謎なんです( ゚Д゚)

チーム名は「Nu-dancers(ニューダンサーズ)」

 

集まったメンバーは当時下は20歳くらいから再年長の私が30歳くらい。

9人いてダンススタイルはみんなバラバラ。

「ダンススタイルは違うけどグルーヴが一緒」と言う感じなのかな。

この雰囲気で影響を受けないほうがおかしいってくらい個性的で自由。

いい意味で変なことをやっていても「それ面白いね」と共感できる人が

集まっているのですごく心地が良かった。

ここでの成長は著しく何年間が凝縮され「別人のようになったと」多くの

ダンサーにも言ってもらえました。

イベントもダンスイベントと言う感じではなくて、パーティーのような

イメージが強いと思います。

すべてが新鮮だったので、来ていたお客さんも違ったイベントに楽しん

でいた様子でした。

 

こんな感じで「DANCERとしての後期」を経て現在に至ります。

長すぎて読むのが大変だったとも思いますが、ここまで3回に分けて

目を通していただきましてありがとうございました。

もちろん書ききれないことは多々ありますが、詳しいことはお会いした時

に答えますので遠慮なく聞いてください。

 

また毎月第一日曜日、私が最近表参道のパーティーに行っているのは

ブログを見ていただいている方はわかると思いますが、オーガナイザー

がNu-dancersの中心であったSYMBOL-ISMの2人です。

その雰囲気を感じてみたいという方がいらしたら、一緒に行きましょう!

2人を紹介させていただきますね。

時間帯は16:00~22:00くらいなので決まりましたらフェイス

ブック等で告知します。

 

最後に私の宝物を。

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Nu-dancersの時に販売されたDVD「SPIRITUAL YOYOGI LIFE」

私がそこにいたという証明でもあり感謝の気持ちでもあります。

 

もう1つはBrothers in Jazz、アービンルイスの言葉。

「お前はそのままやりたいように突っ走れ。それがお前のBEBOPだ。」

 

ありがとうございました!

DANCERとしての前期・中期・後期 Fin.